【チャンス】1979年アメリカ映画(Being There)+もう一つのエンディング ニーチェ哲学コメディ★ツァラトゥストラはかく語りき

AMERICAN
哲学から生まれたヒューマンコメディー映画の名作
フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を下敷きに作られたジャージ・コジンスキーの著書『Being There 』の映画化。
 日本では『予言者』イエールジ・コジンスキー・『庭師 ただそこにいるだけの人』ジャージ・コジンスキーとして創刊されている。
冒頭のシューベルトの未完成が流れる中の目覚めに続き、街に出て行くシーンにはリヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはこう語った』がジャズ調にアレンジされ優雅に流れる。
*楽曲『ツァラトゥストラはこう語った(かく語りき)』シュトラウスがニーチェのイメージによって作った曲でスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』の冒頭曲としての印象が強く他にも挿入曲としてよく使われメジャーになっている。
哲学的要素のある映画というと堅苦しいように感じるが、単純に面白く、くつろいで楽しめるハル・アシュビー監督の最高傑作とも言える名作である。
あらすじ・ネタバレ含みます
チャンス(ピーター・セラーズ)には知的障害がある。少し知恵遅れで読み書きはできない。
歳はわからないが50歳前後のようだ。
幼い頃身寄りのないチャンスを、資産家のジェニングス氏が引き取り庭師として働かせていた。
門の外に出たことがなく(学校も出ていない)身分を証明するものもなければ主治医もいない。テレビが何より好きでひっきりなしにTVを見て時に身振りを真似している。
ある朝メイドのルイーズが主人のジェニングスの死を告げたが「そうかい」と無感心な返事。
チャンスは薄情なのではなく、主人の死が理解できなかったのだ。
ルイーズが食事を作り、主人(爺さんと呼んでいた)のお古の高級服を着用、外の世界を知らないチャンスは主人の仕草や話し方がそっくりだったかも知れない。落ち着いた物腰で高級スーツが板についているチャンスは見かけに品があり身分も高そうに見える。
法律事務所からトーマスとサリーがやってきて建物を閉鎖するため立ち退きを強いられた。
今後の保証や賠償の考えも、要求の仕方さえわからないチャンスは言われるがままスーツケースと杖がわりの傘をもって家を出た。何の役に立たないテレビのリモコンも大切な所持品だ。
空腹でもどうしたらいいのか何もわからず街をさまようチャンス。
通りのウインドーの巨大テレビスクリーンに自分が映ることが不思議でバックし車道まで下がったところ車にぶつかり怪我をしてしまう。
車に乗っていたのは経済界の大物ベンジャミンの妻イヴ(シャーリー・マクレーン)、同乗し家で治療するように勧められた。そこは目をみはるほどの大邸宅だった。
「庭師のチャンス」と自己紹介したつもりが、チャンシー・ガーディナーと勘違いされニックネームでチョンシーと呼ばれるようになった。
主人のベン(ベンジャミン・ターンブル・ランド(メルヴィン・ダグラス))は再生不良性貧血で自宅に医療設備を完備しロバート・アレンビー医師(リチャード・ダイサート)が常駐している。ベンと食事の際 言葉の勘違いからチャンスは事業に失敗し家を失った元大物実業家と誤解され、今後庭で働きたいというと経営者は皆庭師のようなものだと解釈する。
「全て失い残されたのはこの上(案内された滞在用の部屋)しかない。」言えば「何がこの上だ。この上(天国)はわしだ。すぐに召される」と勘違いの連続が続いていく。
ベンに大変気に入られ、癒しにもなるチャンスはお屋敷に住むことになり、ベンの友人のボビー大統領からも信頼を得た。
おかしな発言をしてもユーモアのある人、冗談の上手い人ともてはやされる。
有名人になったチャンスの身元を調べようと皆躍起になるのだが、データはなく何もわからずでCIAやFBIの崖下かFBIのOBによって身元を消された大物人物かと推測される。
ロバート医師は、チャンスの身元や身分や能力を疑問視しながらも好感を持っている。
チャンスに立ち退きを命じた野心家の弁護士トーマスは事実をロバート医師に打ち明けるのだが、、、、
ベンジャミンの妻イヴは、次第に男性としてチャンスに惹かれるようになり、、、、、
周囲に幸福感を与えてしまうチャンスという存在。
思い込みや幸せの連鎖はチャンスの意思に関係なく彼を大統領の地位にまで導くのであろうか。
《感想ともう一つのエンディング
ニーチェの哲学やコジンスキーの著書の下書き部分の正しい解釈はできませんが個人的な考えとしては、
出世を願い野望を企む若者ほど(弁護士のトーマス・フランクリン(デイヴィッド・クレノン))芽が出ない。
チャンスはただ素直なだけなのに本人に自覚のないところで賢者とされていくいわば人間の想像の産物によるサクセスストーリーのような道が築かれる。
ベンが夕食に生き血を頼むのセリフや病が再生不良性貧血であること、そしてイヴのことをチャンスに託すことにも、ニーチェの「自己超克」の思想「続く人間の為に没落(橋渡し)する究極の精神」思想が反映されているように感じます。
また、元メイドルイーズが、チャンスがテレビに出演し賞賛されているシーンを見て黒人仲間たちの会話で、「脳が空っぽのくせに白人だから」とこの時代のアメリカの身分差別の偏見と強さをちらりと表現していました。
 メルヴィン・ダグラスの孫イリーナ・ダグラスのインタビューではもう一つのエンディングのほうが先に用意されていた結末だそうです。純愛映画の結末のようなハッピーエンドです。
あとになって、チャンスとベンが大統領と会う時にふたりで廊下を歩くシーンが水の上を歩いているみたいに美しかったことからイエス・キリストの水上を歩く奇跡のようなイメージに変更されたそうです。
(ブルーレイの特典映像とインタビュー参考)
優しい結末と美しい結末、、、どちらでも癒される幕引きです。
哲学や宗教や人種差別を表現するシーンやセリフが多く出てきているようですが、さりげなくであったり抽象的であったりしていやらしさがないので、なんの先入観も予備知識もなくさらっと観たら、それでも十分楽しめます。
コメディアンとして有名なピーター・セラーズ、公開1年後に他界されたピーター・セラーズにはこの上ない賞を差し上げたかったほどの名演でした。
優雅な曲と、勘違いの連続の面白さ、何度観ても最高に素晴らしい映画です。
↑『Being There』予告動画:字幕なし
《余談
医師ロバート役のリチャード・ダイサは1978年の刑事コロンボの42話の美食の報酬に出演。
刑事コロンボ41話の死者のメッセージの主演ルース・ゴードンはハル・アシュビー監督『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(⇐感想記事有り)の熱演を観て以来大ファンです。
両作品の収録されているDVDを観て刑事コロンボつながりとハル・アシュビー監督の映画出演の繋がりも何かあるのかと想像できます。
弁護士役のトーマス・フランクリン(デイヴィッド・クレノン)はハル・アシュビー監督の『帰郷』に続き2作品連続出演。
ボビー大統領 役のジャック・ウォーデンはハル・アシュビー監督の『シャンプー(⇐感想記事あり)に出演。
イヴ役のシャーリー・マクレーンは弟のウォーレン・ベイティが『シャンプー』の主役。
またメルヴィン・ダグラスの孫イリーナ・ダグラスのインタビューではピーター・セラーズとメルヴィン・ダグラスが大変仲が良かったそうです。
ハル・アシュビー監督作品には同じ役者や、その身内が度々出演しているなどファミリー的なことも興味深いです。
★★★共通する神が舞い降りたオススメ映画
『フォレスト・ガンプ/一期一会』1994年アメリカ映画(Forrest Gump)
  知能指数が標準より少し足りない心優しいフォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)が進む先々で成功や名誉を勝ち取っていく。アカデミー賞他多数賞受賞の名作。[amazonjs asin=”B07B2YJ45J” locale=”JP” tmpl=”Small” title=”チャンス 30周年記念版 WB COLLECTIONAmazonDVDコレクション Blu-ray”]
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